ヴァルボーグが司令官室に入ると、中にいたのは司令官だけだった。彼はひとり、窓の外を眺めていた。
 なぜ呼び出されたのか分からぬほど、トッポとヴァルボーグの付き合いは浅くなかった。
 それで彼は、静かに扉を閉めた。
「失望したな。」
 司令官の小さな体から発せられる声は、重く部屋に響き渡った。
 申し訳ございません、とヴァルボーグはうなだれる。
「命令に背いたこと、深く反省しております。」
「そのことではない。いやそれもそうなのだが。ワシが言いたいのはだな……。」
 トッポはヴァルボーグを見る。その青い目はヴァルボーグの鈍色の兜を突き抜けて、彼をしかと見据えていた。
「誰が、誰の責任だって?」

 ――すべて俺の責任だ。
 屈強な男が密かに流した涙は、モノのように扱われ、告別の言葉すら許されず戦場に散っていった者達の嘆きと、彼らを救ってやれなかった自身の悔恨だった。

「あれは……。」
「ボーグ!!」
 機神装甲を脱いだ名で彼を呼べるのは、隊の中では司令官だけだった。
「貴様の上官は誰だ!」
「ト、トッポ司令官殿であります。」
「そうだ。上官が部下の責任を取ると言うならばまだしも、部下が上官の責任を取ろうなど、思い上がりにも程があるぞ!」
 他には誰もいない司令官室で、一羽の小さなファイアー・バードが、巨漢のヒューマノイドをにらみつけている。一歩引いてみればそんな異様な光景の中で、しかしヴァルボーグは完全にけおされてしまっていた。生まれたての雛のように縮こまりながら、彼はやっとのことで、申し訳ございませんと震える声を絞り出す。それでも司令官の怒りは収まらないようで、しばらくそのままヴァルボーグをにらみ続けていたが、突然糸が切れたようにため息をつき、椅子にどっかと腰かけた。
 許されたのか、許されてはいないのか、ヴァルボーグは不安そうにトッポの顔を見つめた。
「まさかお前があんなにも思い詰めていたとはな。」
 しばらくの沈黙の後、トッポはぽつりとそうつぶやいた。
 司令官の視線の先の小さな窓から、いよいよたけなわになった祝勝の宴が見えていた。様々な姿形の火文明が、様々に飲み、食い、歌い、踊り……束の間だけ日々の激戦を忘れる。
「だがワシは、これからもワシのやり方を変えん。兵士は戦場の駒だ。司令官は戦場の外の安全な場所からそれを動かす。死ぬ駒もあるし、死なせる駒もある。いずれにせよ、死んだ駒に構う暇はない。」
「ですが駒にも、心があります。」
 トッポはヴァルボーグを一瞥した。
「だからお前は、甘いと言うのじゃ。」
 そしてふっと微笑んだ。
「まあ、それがお前を側近に置く理由でもあるのだがな。」
 ヴァルボーグの問うような視線を知ってか知らずか、トッポは再び窓の外を見た。祝勝会は、小さなヒューマノイド二人の歓迎会も兼ねて、大変な盛り上がりだった。もともと燃えるのは得意な種族たちだ。焚いた炎は空をも焦がし、虹色の火花が舞いはじけた。
「ワシには駒の心は理解できん。いや、理解せん。」
 外の火を眺めながら、トッポは続けた。
「だからヴァルボーグ、駒の整備はお前に任せる。ワシは戦局のことだけ考えたい。」
「……それが、俺という駒の役割なのですね。」
 トッポはニヤリとした。
「分かっておるではないか。」
 それからトッポは、宴に戻るようヴァルボーグを促した。彼はそれに従った。部屋を出るとき、ヴァルボーグは振り返り、何かを言おうとしたようだったが、結局「失礼します」とだけ述べて、扉を閉めた。
 トッポは窓の外を眺め続けていた。しばらくして、ヴァルボーグの姿が現れる。火文明獣たちがたちまち彼を取り囲み、杯や食べ物を渡していた。あの小さな新参ヒューマノイドたちもその中に溶け込んでおり、ヴァルボーグと親しげに会話していた。
「……死ぬなよ、ボーグ。」
 トッポは小さくつぶやくと、司令官の席に、深く身をうずめた。


Fin.





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