ピロシキが、かがんで何かしているから何だろうと思ったら、うさぎを撫でていた。白いむくむくのうさぎだった。は彼がまたいつものように、たまたま見つけた小動物を愛でているのだろうと思って、可愛いねと話しかけた。うさぎがまん丸の赤い目をに向けた。
「。」
うさぎを撫でる手を止めて、ピロシキもを見た。はそのままピロシキの隣にかがむと、一緒にうさぎを撫で愛でた。
「可愛いからって、拾って帰ったりしたらカラスミ様に怒られちゃうからね。」
冗談半分で笑うに、ピロシキは黙って微笑んだ。
「僕ね、このうさぎが羨ましいなって思ってたんでしゅ。」
「へえ、どうして?」
「目が赤いから。」
ピロシキの言葉の意味が分からず、はきょとんとしてピロシキを見た。僕、とピロシキは続ける。
「赤い目に生まれてきたかったな。だって、もカラスミ様も、タンタンメンもモッツァレラも、みんな赤い目なんだもん。僕だけ、仲間はずれでしゅ。」
「仲間はずれだなんて、そんな。」
は笑ったが、どうやらピロシキは真剣に悩んでいるようだった。なんと慰めれば良いものか、が思いあぐねていると、
「どうした。」
カラスミがやって来て、二人の手元を覗き込んだ。
「うさぎか。」
「はい……と一緒に可愛がってたんです。」
ピロシキもうなずく。そして少し迷ったようだが、やはり意を決して
「カラスミ様、どうして僕だけ目が赤くないんでしょうか。」
切なげに問いかけた。カラスミは一瞬と同じ反応をしたが、ちらりとうさぎの赤い目を見て、それからの方もちらりと見て、再びピロシキに目を向けた。
「……そう生まれついたからだな。」
それ以上でも、それ以下でもない返答だった。ピロシキはうつむいて、はいとつぶやいた。
そろそろ出発するぞ、とカラスミは二人を促した。とピロシキはうさぎに別れを告げ、先を行くカラスミの後を追った。
白いうさぎは、それのことを羨んだ少年の背を赤い瞳に映し、ちょっと首を傾げるような仕草をした。
その日は森中に野営地を作った。
修練も終え、が用意した焚き火を囲む彼らは、束の間の休息のひとときを過ごしていた。タンタンメンが先程の修練の結果生じた疑問や問題点をカラスミに一生懸命話している。爪の振るい方、不利な体勢の立て直し方、迎撃の仕方や不意をつく方法……質問は若木の枝葉のように様々な方向にふくらみ伸びた。カラスミは的確な言葉で、しかし全ては教えないようにして、タンタンメンの問いに答えていく。も時々その会話に加わった。モッツァレラはそっぽを向いて大きなあくびなどしていたが、本当につまらない時のようにぷいとどこかに去ってしまうことはしなかった。
「ありがとうございました。」
ひとしきり質疑応答を終えた後、タンタンメンはカラスミに向かってぺこりとお辞儀をした。
「それでは、先に休みます。おやすみなさい。」
「ああ。おやすみ。」
タンタンメンが席を立つと、モッツァレラもうーんと伸びをした。
「モッツァレラももう疲れちゃった。おやすみなさーい。」
そうして焚き火の側に残されたのは、とカラスミ、それからピロシキ。ピロシキは炎を挟んでの向かい側に座っており、ぼんやりとタンタンメン達がいた辺りの宙を眺めていた。皆で話をしていた時も今日はずっと静かだったし、昼間のこともあるので、は彼の様子が気になった。だが、やはりかける言葉は見つからなかったので、は自分も寝に行こうと思った。ちょうどその時ピロシキも同じことを思ったようだ。
「僕ももう寝ましゅ。」
と言って立ち上がった。すると、
「待て、ピロシキ。」
カラスミが制止の声をかけ、再び座るようピロシキに言ったので、ピロシキはいぶかしげな顔をしながらも言われた通り元いた場所に腰かけた。はなんとなく立ち上がる機会を失って、ピロシキと一緒にカラスミを疑問の目で見つめた。
カラスミはしばらく黙っていた。炎の明かりに濡れたその表情は、微笑んでいるような、闇を覗き込んでいるような、不思議な感じだった。彼はとピロシキを交互に見た後、ピロシキに焚き火を見てみろ、と命じた。
ピロシキは焚き火を見る。つられても炎に目を向ける。が用意した炎。それはゆらゆらと赤く踊り、その中で薪がパチパチと軽快にはぜていた。
「……。ピロシキの瞳の色は何色に見える。」
カラスミに問われ、焚き火越しにピロシキの瞳を覗き込み、ははっとした。炎が映り込んだその瞳の色は
「赤……です。」
それでピロシキもカラスミの言動の意図を理解した。
「ほんと、。」
「うん。ほんと。」
ピロシキは、あふれ出る感情を抑え込もうとしているようだった。だが、それは無理だと分かったようだ。突然立ち上がるとカラスミに駆け寄り、きゅっとしがみついた。彼の黒衣に顔をうずめ、ピロシキは少し、震えていた。
「ありがとうございましゅ、カラスミ様……。」
カラスミはピロシキの頭に手を置いた。
「明日も早い。お前も早く寝ろ。」
「……はい。」
ピロシキはカラスミから離れ、目をこすると、の方を見て笑った。
「もありがとう。僕、の火が大好きでしゅ。」
別にの火でなくても、同じ火ならばピロシキの目に赤く映っただろうが、彼はそう言った。はなんだか照れくさくて、嬉しくて、ありがと、と短く答えた。
「おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
そうしてはカラスミと二人、焚き火の側に残された。とはいえ、カラスミは自分にもすぐに就寝を促すだろう。そう思ったはちらりとカラスミを見たが、意外なことにカラスミはが側にいるのを気にもせず、じっと炎を眺めていた。もなんだかこの時間を終わらせるのが惜しいような気がして、カラスミと一緒に炎を見ていた。ゆらゆらと不規則に踊るそれは、とカラスミの赤い瞳をさらに深く赤く染める。
「どうあっても、変えられないものもある。」
しばらくの沈黙ののち、カラスミがぽつりと言の葉を落とした。それが絶望を意味していたのかどうかは分からなかったが、はその言葉になんだか胸がざわざわと締め付けられるような気がして、
「でもカラスミ様は、の瞳を赤くしました!」
そう口走っていた。
カラスミは、少し驚いたような顔をしてを見る。それから、フッと微笑んだ。
「ピロシキは時々、思いもよらぬ所で繊細だな。」
「自分だけ瞳の色が違うことでずいぶん思い詰めていたようです。」
「戦いの中でその繊細さが
枷にならなければそれでいい。……。」
カラスミがじっとを見つめた。見つめられる度にどきりとする深い深い眼差しで。焚き火の炎に照らされて、二つの赤い瞳の色が溶け混ざり合う。
「強くあれ。」
「……はい。」
カラスミの真意などには計りかねるものだった。ただ彼の語気に、放つ気配に、そううなずくしかなかったのだ。カラスミはそれも含めて、の返事に満足したようだ。
「さて、お前もそろそろ寝ろ。」
ようやく促した。はい、とは返事をし、立ち上がり、その場を去りかけて、もう一度カラスミを見た。
「ん、どうした、。」
「いえ、その……おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
そうしてが行った後も、カラスミはその場に佇んでいた。は炎の逆光の中にあるカラスミの黒い背中をしばらく見つめ、それから寝に就いた。
Fin.