帰還










 リゾットから、手紙が届いた。
 そこには彼の簡単な近況が書かれており、そして手紙の最後には、もうすぐグランシェフ王国へ帰る予定だと、ついでのように付け加えられていた。
 待ち続けていた。はずっと待ち続けていた。唐突に飛び出して行ってしまった彼。が見たのは、波打つ彼の銀髪の中に揺れた、バンダナの結び目。止めることはできなかった。共に戦うことなどかなうはずもなかった。ただ……はリゾットを想い、彼の無事を祈っていた。一日に千の秋が流れ、そしてとうとう、リゾットから知らせが届いた。

 は彼を迎えに行くために、道を急いだ。彼は、どんな顔をしているだろう。
 赤い瞳が、じっとを見つめている。瞳の中にの姿が映っている。そよ風が吹き、銀の髪がかすかになびいて優しく光る。彼は微笑む。必ず、戻って来るから。
 最後に見せたあの笑みを、のための笑みを、リゾットはまた見せてくれるのかもしれない。何事もなかったかのように、穏やかに。辛いこともあっただろう。悲しいこともあっただろう。きっと苦しかっただろう。だが彼はに向かって、いつものように微笑むのだ。きっと。

 会ったら何を言おうかと、考えた。
 言いたいことはいくつもあった。は、今までリゾットがどれだけ戦ってきたかを知っていた。それを遠くで見守ることしかできない自分がもどかしかった。だからこそ、彼の戦いのひとつひとつを、今ねぎらいたい。ずっと祈っていたと伝えたい。無事に帰って来てくれたことを感謝したい。
 そして、もうどこにも行かないでと、願いたい。

 は歩みを止めた。道の先に人影があった。
 風になびく銀の髪。頭に巻いた若草色のバンダナの、結び目は今は見えない。彼は、こちらに向かって歩いてきているのだから。
 見まごうはずがあろうか。待ち続けていた人。の大切な人。リゾットが、もうすぐそこにいる。
 本当は駆け出して一秒でも早く彼の側に行きたかった。だが意に反して、足は動かなかった。はただ突っ立って、一歩一歩こちらに近付いて来るリゾットの姿を見つめていた。リゾットがゆっくりと歩いていたのだろうか、それともそう感じただけなのだろうか、それは長い時間だった。だがリゾットは確実にとの距離を縮めていって、やがてその緋色のまなざしも、静かな表情の浮かぶ端整な顔立ちも、はっきり見てとれるようになる。
 リゾットは、と数歩おいたところで立ち止まった。
 二人はしばし見つめあった。
 言いたいことはいくつもあった。だがリゾットもも、何も言わなかった。ただの目の前にはリゾットがいた。他の誰でもなく、リゾットがいた。リゾットが帰って来た。
 はゆっくり一つ、呼吸をした。

「……おかえり。」

 リゾットは微笑んだ。優しい、穏やかな笑みだった。

「ただいま。」

 そしてリゾットは、に向かって最後の数歩を、歩き出した。


Fin.